麻雀

2010年3月31日 (水)

デジミユ概論

片山まさゆきの漫画『牌賊オバカミーコ』の13巻に,デジタル派の打ち手として,デジミユという名前のキャラクターが登場している。今回は,彼女の手筋とそれに対する周囲の反応などについて気になった箇所について,コメントしたいと思う。


子 2巡目 五七七(2)(2)(4)(4)(5)34466 ドラ(5) 
デジミユはこの手で6をポンしているが,融通が利く受けと手の高さに期待してチートイツに行くべきである。また,仮に面子手に行くにしても鳴きは完成面子ができてからにしたい。完成面子が無い状態からの鳴きには守備に不安があることと,チートイツの芽が消えること期待することの2つのデメリットがある。


親 222m26p2246s中中発北 ドラ6p
デジミユはこの手から2sをポンした。手牌がバラバラの手からのポンを観戦者(アナログ派)は否定したが,
 ● 親であること
 ● トイトイや三色同刻が狙えること
 ● すでに完成面子(2mの暗刻)があること
 ● 2sが中張牌である(先々鳴きづらくなる)こと
を考慮するとさすがにポンが正解だろう。
ただし,一般的にバラバラの手からの鳴きは筋が悪いことが多い。というのは,
 ●手牌を短くすることにより守備が不安になること
 ●鳴いたら何かを捨てなければいけないがそのときに裏目があること(逆に言えば,鳴いたときに切る牌に迷わない形ならば鳴きやすいともいえる)
の2つのリスクがあるからである。


親 1118999m23789p56s ドラ6p
デジミユはこの手から8mを切った。ジュンチャンを見て56sを落とす手もあるが ,そうしなかったのはジュンチャン狙いは裏目になる確率が高いからだとしている。私はその根拠に疑問を感じる。
以下荒く見積もってみる。7mと1pツモで約半分の確率でジュンチャンがつくが,ジュンチャンによって点数が5倍になると近似すると,7mと1pツモで点数は,(1+5)÷2=3(倍)になると近似できる。8m切りは点数1倍の受け入れが8つ,56sは点数1倍の受け入れが3つと点数3倍の受け入れが2つがあることになる。単純に計算すると,1×8=8と1×3+3×2=9となる。ほぼ互角といえる。
8<9だから56s落としが正着だと単純に結論を出すことは当然できないが,少なくとも悪手だとはいい切れないだろう。


345678m34p22466s ドラ3m から2sポン
テジミユは他者のこの鳴きを否定したが,私も否定する。ただ,もしドラが1枚も無い手なら鳴いた方がよいだろう(巡目にもよるが)。育てても満貫級の手になりづらいので,鳴いてかわし手にするわけである。簡単に言うと,2飜と4飜の差は大きいが,1飜と3飜の差はそれほどでもないということである。

デジミユは,「門前で期待できる打点の1/3に満たない場合は鳴きません」と基準を設けているが,これはあまり実用的な基準ではないと思う。実際
78m244889p789s発発 ドラ9s から発ポン
を作中で肯定している。2向聴からの鳴きか1向聴からの鳴きかで違ってくるだろうし,嵌張チーか両面チーかでも違ってくる。状況による差が大きすぎるのである。そもそも,門前で期待できる打点をどのように見積もるかも難しい問題である。
まあ,本人も厳密な基準のつもりで言っているわけではないだろう。「デジタルも打点は意識してますよ。」ぐらいの気持ちなのではないだろうか。


親 22245667m567p357s ドラ5m 場に4s1枚切れ6s2枚切れ
ここでデジタルの打ち手(デジミユとは別人)は,打3sではなく打7sとした。作中では,受け入れが多く三色フィニッシュにはなりづらいから効率を重視すると解説していた。その解説には疑問を感じる。確かに打3sの三色狙いはメリットが小さいかもしれないが,受け入れ1枚程度の差ではデメリットも小さいはずである。ここで打3sとしても牌効率がそんなには落ちない。バランス(メリットとデメリットを合わせた総合)では,打3sの方が優れているように見える。
昔は,「配牌を見たら三色を狙え」という言葉のように手役が重視されていた。その反動からか,最近は「三色は付加価値にすぎない」という言葉のように手役軽視が主流になってきている。私はどちらの考えも間違っていると思う。手役自体には,狙うべき理由もさけるべき理由も無い。あるのはメリット(たいていの場合は打点)とデメリット(たいていの場合は牌効率のロス)だけである。単純にメリットとデメリットを精査して有利な方を選択するのが最善の方法だろう。
それについて,良い例が作中にあったので紹介する。

9s1s4s5p7m3m1m(宣言牌)の捨て牌のリーチを受けたテジミユの手牌
2m123445p1234678s ドラ3p
ここから,デジミユは一通狙いの打5pではなくて,打4sとしている。
打5pとしたときのうれしい受け入れは,
3s,5s,9sの3種(1s,4s,2mは役無し愚形なのでうれしくない。)
打4sとしたときのうれしい受け入れは,
2m,1p,4p,3p,6p,の5種
(1s3sは互角なので除いた。)
これらの比較で,打4sが有利だという話である。

打4sとしたのは,手役狙いをさけたからではなく,単純にそっちの方が有利だからである。このように,変な先入観を持たずに単純にメリットとデメリットのバランスを取るのが最も良いやり方だと思う。


南家 345m22335p678s南南 ドラ7s 場に南1枚切れ
ここからデジミユは3pをポンして後づけの南待ちにした。観戦者(アナログ)はこれを否定したが,私は自然な手順だと思う。この手は門前でつくっても鳴いたときと比べてそれほど点数が高くなるわけではない。すでに三飜が見えているし,また,三色や平和などのような鳴きと門前で飜数が変わる役が無い。一盃口はあるが,一盃口にすると南がつかなくなるのでかえって安くなる。


自分の手牌:33m123p白白 ツモ5mポン555s チー678m
リーチ者の捨て牌:北9p白南2s3p4m2m(宣言牌)
デジミユはこのリーチを受けて打3pからオリに回った。作中の実況が「ツーフーロから身もフタもなくベタオリできる先人がむしろ否定してきたスタイル」だがこれが「デジミユの強者たる由縁」と言っていたが,むしろ当たり前の打ち方だと思う。確かに一般的に2フーロでのオリは安牌が少なく降りきれる確率が小さいため無理筋になるのだが,今回の場合は事実として安全牌が多くあるので降りきれると考えるべきである。

2009年12月10日 (木)

「最強デジタル麻雀」の文章

センスとロマンでも話題にしたが、「最強デジタル麻雀」(著者:小倉孝)という麻雀の戦術書がある。世間では評価の高い本のようだが、個人的には、論理的な文章を書くための基礎ができていないという印象を受けた。以下、その点について指摘していきたいと思う。

まず、31頁に一一三四七八九(4)(6)(8)4567のケースで(4)切りか(8)切りのどちらかという話がある。そこで著者は(4)切りを否定している。
(4)切りのメリットは二五が入ったときの筋引っかけであるが、これについて、本では"これは相手に注文をつける手筋で、必ずしも相手がその注文を聞いて引っかかるというものではない。"と書いている。
これはおかしいだろう。別に(4)を切る人は「必ず」相手が引っかかると考えているわけではないはずだ。引っかけでないよりは引っかけであった方が有利ぐ らいの気持ちだろう。つまり、相手を勝手に極論だと決めつけてそれを論破して論争に勝ったつもりになっているわけである。これは論理においてしてはいけな いことの一つである。
入れ替えると分かりやすいかもしれない。つまり、"(8)切りはツモに注文をつける手筋で、必ずしも(3)をつもってくるというものではない。"と書けば、(4)切りが正しくなるではないかという話である。

40頁にデジタル麻雀の総論が書かれている。そこには、"(次に大切なことは)基本的に麻雀をシンプルにすることだ。多くの人はいろいろな要素にとらわれ すぎて麻雀を自分で難しくしている。まず、そういった余計なものを排除してシンプルにしないと雀力向上はない。その後にはじめは排除した要素を取り入れて 自分のシステムを確立するのだ。"とある。この文章を普通に解釈すれば、"初心者の段階では基準を単純化して麻雀を簡単にし、それができるようになれば徐 々に基準を複雑にしていき、最終的にはいろいろな要素に気がつけるレベルに到達するべきだ。"となるだろう。初心者に高レベルなことを要求しても無理で、 それがかえって成長を遅れせることになるという話である。
しかし、この先の文章には、"シンプルに考え、自分のシステムの中で判断材料を数字的な基準で設定できれば打牌に迷いは生じないはず。それば私のめざす最強のデジタルであり、麻雀の真髄なのだ。"という記述がある。
前では、排除した要素は最終的には必要になると書いていて、後ではそれは最終的にも必要ではないとしているわけである。このような矛盾を含む文章は読者を混乱させる。このあたりは読んでいて筆者が何を言いたいのかよく分からなかった。

106頁には、"デジタル麻雀はメンゼンより鳴きの方に守備力を重く見ている。"とある。リーチは捨て牌を選ぶことができないが、鳴きは捨て牌を選ぶことができるからというのがその理由だそうだ。この説明には違和感を感じる。
確かに聴牌時の守備力は、鳴き>メンゼンかもしれない(ただし、ここではメンゼンのダマ聴は考えていない)が、ノー聴時の守備力では、鳴き<メンゼンだろ う。どうして、これの効果を無視できるのかについて、全く説明がない。手牌が短くなることによる守備力低下は、さほど大きい効果ではないと考えているのだ ろうか。それ自体は別に問題ではないのだが、それならそれでそのことについて、なんらかの記述や説明が必要だろう。説明がとんちんかんというか、意味を成 していない。

同じく106頁に、仕掛けの基準は"スピード、打点、守備力"だとある。ここで、スピードの解釈として、鳴く前と鳴く後のスピードの差(相対的なスピー ド)と鳴いた時点での和了との距離(絶対的なスピード)の2つの解釈が考えられるが、本を読む限りこの2つが混同されているような印象を受けた。
例えば、二二四五六(4)(6)224456から(5)チーは、"チーテンだからスピードはすでにクリアしている。"と書いてある。この箇所を読む限り、 スピードとは絶対的なスピードのことを指していると考えられる。もし、相対的なスピードであるなら、スルーして門前で進めるときの受け入れの狭さについて 何らかの記述があるはずだからである。
しかし、他の箇所では、三四六八八(4)(6)(7)(7)2233は"3をポンして急ぐ"と書いてある。この箇所においては、スピードは相対的なスピー ドでなければならない。3をポンしてもカンチャンが残る2向聴で、絶対的には速いとはいえない。しかし、2233は14が2度受けになっていてタンヤオに もなりづらい形であり、3をポンするのは部分的には筋のいい鳴きである。よって、相対的には速いといえる。
他の箇所も読む限り、作者はこの2つを混同して使用しているようである。このようなケースを見せられると、はたして作者が自分で使っている"スピード"という言葉について、どれぐらい理解しているのかという疑問が生じてくる。

上に書いたもの以外でも、"デジタル麻雀はあがり最優先"や"サンショクは手牌の進行上の付加価値にすぎない"などと結論だけ書いて根拠が示されていないケースが目立っている。

著者の小倉はいろいろなところで結果を出している期待の新鋭なのだそうだ。確かにそのことが本の内容に説得力を持たせるのだが、書いてあることが全部正し いということにはならないだろう。結局は、本当に本の内容は正しいのかどうか疑いながら読む作業が必要になってくる。そのときにこの文章の拙さは問題にな ると思うのだが、どうだろうか。

2009年11月14日 (土)

チンイツの待ち判別法(改訂版)

ここでは、チンイツの待ちの判別について話したい。

場合分けして、暗刻や順子を外して簡単な形(※1)にしてから待ちを考えて、 その後外した順子による補正(※2)を行うという方法がわかりやすいと思う。
例 2345666から234を外して、234+5666にする。

一番小さい数をaとする。 aの使われ方は、暗刻、順子、単騎待ち、待ち塔子、雀頭(シャンポン)、雀頭(非シャンポン)がある。
これで場合分けを行う必要があるが このままでは煩雑すぎるので簡略化することを考える。

以下のことを知っていれば、場合分けは簡略化される。

a+1、a+2 がともに1枚以上有るとき(すなわち、a・a+1・a+2で順子が作れるとき)は、
aが待ち塔子で使われるケースは考えなくてよい(aがa・a+1・a+2の順子で使われるケースと同じと考えて順子をはずす事が可能)。
例えば、a=2のときの嵌張待ちのとき(すなわち、3が1枚以上あって24嵌張待ちになるとき)、
3の使われ方は、暗刻、234の順子、345の順子、雀頭とあるがいずれのケースも 234の順子を外しても3待ちが残るので、234を外すことが可能。
24+333→33+234(3シャンポン待ち)、24+234→24+234(3嵌張待ち)、
24+345→234+45(36両面待ち)、24+33→234+3(3単騎待ち)
両面待ち、辺張待ちも同様。

aが単騎待ちで使われるケースは、aが1枚(状況によっては4枚もある。)かつa+1が0or3枚のときのみとしてかまわない。
(説明)
aが2or3枚あって単騎になる場合は、aが雀頭になるケースと同じになる。
(2単騎+234→22+34のような形になるからである。aが4枚のときは、例えば5単騎+5暗刻の形が状況によってはありえる。5は4枚使いだがすでに234を外していた場合には2単騎がある。)
a+1が1、2、4枚でaが単騎待ちで使われる場合は、aがa・a+1・a+2の順子で使われるケースと同じになる。
(2単騎+345→234+5単騎のような形になるから。 a+1が3枚のときは2+333の2単騎のケースを考えなければいけない。)

(※1)
以下の7枚形のパターンを覚えておくと、瞬時に判断できる。

( )内は単騎待ち
・331型
 4555666 5364(4)待ち
 4445666 36475(5)待ち
 4446888 576(6)待ち
・322型
 4455666 4536 (6)待ち
 4455566 465(5)待ち
・3面待ち(5666や4555)+順子型
 2345666 14725(25)待ち
 3455666 4725(5)待ち
 4556666 475(5)待ち
 5566667 4758(5)待ち
 5666678 4758(58)待ち
 4555678 3694(4)待ち
・その他
 2256777 247待ち
 3456678 369(36)待ち
 4445555 365(5)待ち

※5は4枚持ちだが補正時に注意が必要なので入れた。例えば4445555+678なら369待ちの他に8待ちがある。

 4556777 365(5)待ち
 2223457 67(7)待ち

(※2)
待ちの補正の形は以下のようになる。
 両面待ち 45+678で9待ち追加
 嵌張待ち 57+678で9待ち追加
 シャンポン待ち 66+678で9待ち追加、
 単騎待ち 6+678で9待ち追加、6+789で9待ち追加。
単騎待ちが他の待ちとは違うパターンになることに注意。

〈待ちが2つ追加されるケース〉
 2待ち+234+567 58待ち追加
 2待ち(単騎)+345+678 58待ち追加
 2待ち(単騎)+345+567 58待ち追加
 ※2待ち(単騎)+234+678では、8待ちは追加されないことに注意する。

その他知っておくと便利なものを以下に並べてみた。

● 外す面子の数について
 外す暗刻や順子は2面子が最もバランスがいい。7枚残りならある程度パターンで対応できる。これが1面子外した10枚残りだと、その10枚の待ちの判別が困難になる。また、3面子外した4枚残りだと、その4枚の待ちの判別は容易だが外した面子を追加するときの補正が大変になる。

● 場合分けの順番について
 場合分けするときの順番を固定するとよい。そうすれば、漏れを防ぐことができるし、どれを先にするかという迷いで時間をロスすることもない。
 順番の例
 3枚ある牌 3つの順子・塔子⇒暗刻⇒雀頭(シャンポン・非シャンポン両方)+1つの順子・塔子
 2枚ある牌 2つの順子・塔子⇒雀頭(シャンポン・非シャンポン両方)
 1枚ある牌 単騎待ちの牌⇒1つの順子・塔子

● 暗刻の牌が待ちになるときのシャンポンの待ちについて
 4445566788
 このような形を通常の方法でやってみる。まず4が3つの順子・塔子で使われていると考えて、それが不可能だと気づく。次に4を暗刻として見て、47両面待ち(8雀頭)と7嵌張待ち(5雀頭)を見つける。そして、4を雀頭として見て、48シャンポン待ちを見つけ、そして456の順子により7待ちを追加する。
 しかし、今回のような暗刻の牌が待ち牌になるときに限り、その待ちのシャンポン待ち(補正で追加される待ちを含む。)を考える必要はない。その待ちについてはすでに検討しているからである。今回の場合でいうと、シャンポンの4待ちがそれにあたり、その筋の1待ちや7待ちが追加されないかという検討は必要ない。

● ある場所を雀頭と見たときについて
 ある場所を雀頭と見ると、残りの11枚、8枚、5枚、2枚の牌について検討することになるが、そのときには以下の3つの形に注意する。

・AA22333444でAを雀頭と見たとき、残りの8枚を234+234+34と見ると25両面待ちとなり、22+333+444と見るとA2シャンポン待ちとなる。合わせてA25待ちである。5待ちやA待ちを見落とさないように注意する。
・AA22334455のように4つの対子が続いている形は、A25待ちのような3面待ちとなる。特に3344556677のように5つの対子が続いている形は、3467待ちのような4面待ちとなる。この形も覚えておくとよい。
・AA33345は、A36の変則シャンポン待ちとなる。36待ちで3の暗刻があったり、A3のシャンポン待ちで345の順子があったりする場合に注意する。

 注意するべき形はこの3つだけであり、それ以外の場合は変則的なことにならない。例えば、ある場合分けで36待ちとなった場合、その他の場合分けで別の箇所の待ちが発生するということはない。36待ちを見つけた時点で場合分けを止めることができる。(すみません、厳密に検討したわけではありません。ただ、私が知っている限りでは例外のケースを見つけることはできませんでした。)

 また、両面・辺張待ちの単騎化にも注意する必要がある。
 例えば、1234456778899で、123の順子を外すと4456778899となり、これは44を雀頭と見ると、56778899の両面の47待ちとなる。しかし、44+56は4+456と見ることもできるので、4待ちは単騎と見ることもできる。よって、この場合123の順子によって1待ちが追加される。

● 233444~のような形について
 一番小さい数(a)が1枚、その次の数(a+1)が2枚、その次の数(a+2)が2or3枚のときは、aは、a・a+1・a+2と順子で使われることが確定するので、これを外す。そうすると、a+1が1枚、a+2が1or2枚となるので、a+1は順子or塔子で使われることが確定する。つまり、233444~の場合は、234+345が外せるということである(5が1枚も無い場合には、234+34の25待ちになる)。このとき、234、345をそれぞれ外すのではなく、一緒にまとめた233445の形で外すと考えると分かりやすい。
 例えば、2334445566777の場合は、一目で233445を外せることが分かる。それを外すと、4566777となり、5836(6は単騎)待ちを補正して25836待ちになる。

 上のケースで、a+2が4枚の場合は、a・a+1・a+2の順子を外すとa+1が1枚、a+2が3枚となるので、a+1の単騎待ちも検討しなければいけない。例えば、2334444566778は233445を外すと、4466778となり、58待ちを補正して258待ちとなるが、それ以外に、2334444を234+3単騎+444と見て外すと、566778となる。これはちょうと2面子になるので、3単騎待ちも待ちとなる。

例題1
3334567788889

壱 下から外していく場合

3は3つの順子・塔子で使われることはない。暗刻か雀頭+1枚の形のどちらかになる。

A 3を暗刻で使うとき


333を外して
 4567788889

4は456の順子でしか使われないとしてよい(4単騎は考えなくてよい)。 456の順子を外して
 7788889

7枚形のパターンから、
69710待ち(7は単騎) 10を消して、697待ち(7は単騎)

697待ち+456 補正して、36947待ち

B 3を雀頭で使うとき


33を外して
 34567788889

345を外して
 67788889

677889を外して
 88

38シャンポン待ちになるが、3待ちはすでにAで検討しているので無視してよい。
8待ちに345+678で25待ちが追加されて、258待ち
4枚使いの8を除いて、25待ち

答え 3694725待ち

弐 上から外していく場合

9は8が4枚あるので単騎では使われない。789と順子で使われるとしてよい。
789を外して
 3334567888

A 8を暗刻で使うとき


3334567+888より、25847待ち 789での補正はない。
4枚使いの8を除いて、2547待ち

B 8を雀頭で使うとき


33345678+88 8待ちを無視して、369待ち 789での補正はない。

答え 3694725待ち

例題2
2344455566678

この場合下からは234が外せて、上からは678が外せるのでこの2つを外すと簡単になる。

234+4455566+678より、46待ちと5単騎待ちとなるが、
46待ちは補正で19待ちが追加されて、5待ちは補正で28待ちが追加される。

答え 1469258待ち

例題3
2234455566677

下から外していく。

A 2を2つの順子・塔子で使うとき


234+24(3嵌張待ち)を外して  55566677

これは、555+666+77として2面子+雀頭と見ることができるから、これは3嵌張待ちで聴牌している。

B 2を雀頭で使うとき

22を外して
 34455566677

344556を外して
 56677

58両面待ち 補正して、258待ち

答え 3258待ち

例題4
2223334445555

下から外していく。

A 2を3つの順子・塔子で使うとき


234×3+5555より、 5単騎待ちに234で2が追加されて、25待ち  4枚使いの5を除いて、2待ち

B 2を暗刻で使うとき


222+3334445555となる。

 a 3を3つの順子・塔子で使うとき

  222+345×3+5より、
  25待ち 4枚使いの5を除いて、2待ち

 b 3を暗刻で使うとき

  222+333+4445555より、
  365待ち 4枚使いの5を除いて、36待ち

 c 3を雀頭で使うとき

  222+33+34445555より、
  34シャンポン待ち 3を無視して4待ち

 a、b、cより、2364待ち

C 2を雀頭で使うとき


22+23334445555より、
2を233445の一部と見て、

 22+233445+34555

25待ち 4枚使いの5を除いて、2待ち

答え 2364待ち

2009年11月 1日 (日)

センスとロマン

「最強デジタル麻雀」(著者:小倉孝)という評判になった麻雀の戦術書がある。この本で美的感覚を根拠とすることを否定していたが、私は感覚というものも案外有効なのではないかと思っている。
感覚や感性というと非理論的な印象を与えるが実はそうではない。人間の脳は無意識下で高度な理論的処理をしていることがしばしばある。

例えば、「むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山へしばかりに行きました。」という文がある。この文の「は」と「が」を交換すると、「むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんは住んでいました。おじいさんが山へしばかりに行きました。」となる。前者の文では違和感は感じないが、後者の文では違和感を感じるだろう。ふつう初出のものには「は」を使わず「が」を使うからである。ここで強調したいのは、おじいさんとおばあさんが初出であることや助詞に関する一般的なセオリーを意識として認識していなくても、違和感を感じることができるということである。人間の無意識は、想像しているよりずっと理論的なのである。

「最強デジタル麻雀」の9頁に次のような局面が載っている。
東1局 西家1巡目
一三(1)(3)(4)(4)(5)(7)5699東白 ドラ8
この本ではここで打東を正着としている。筒子を(3)(4)(4)(5)とみるのはアナログで、デジタルは(1)(3)と(4)(4)と(5)(7)の3つの塔子とみるからだそうだ。しかし、私はそれはおかしいと思う(打(1)が正着か)。それだと重いという感覚がある。
実際、(1)(3)を両面に伸ばす(4)と(4)(4)を暗刻にする(4)と(5)(7)を両面に伸ばす(4)の受け入れがかぶっている。また、(4)(4)が両面に伸びて(3)(4)や(4)(5)となったときに、(2)や(6)の受け入れが(1)(3)や(5)(7)の受け入れとかぶっている。
ここで私が強調したいのは、いちいちどことどこの受け入れがかぶっているかなどの計算をしなくても、形で違和感を感じることができるということである。人間の脳にはそのような機能がある。
(このページはプロローグで実際に文を書いたのは小倉ではなく土井という人であることはことわっておく必要がある。しかし、この局面は小倉の実戦からで、小倉本人もここで東を切っている。)

それでは、人間の感性は絶対かというとそうでもないだろう。

例えば、「至高の守備」(著者:五十嵐毅)という本に次のような例が載っている。
五六七(2)(3)(4)(7)(8)(8)4577発 ドラ発
親のこの手で著者は(8)を切ると書いている。字牌のドラは「ポンされても押し返せる手牌になってから切る」べきというのがその根拠である。
私はその根拠に違和感を感じる。感性で打つならその根拠は「その方が得な気がするから」でなくてはならない。しかし、この場合本当にそうなっているだろうか。どうも私には「こういう打ち方がかっこいいから。」という感情が優先されているように見える。

また、同じ本に次のような例も載っている。
ダントツトップのオーラス 南家
(1)(3)(5)(6)(7)(9)(9)566778 ドラ(8)
親リーチが入っているときにこの聴牌が入り、著者はダマのまま危険牌をいくつか勝負している。リーチをかけずに危険牌を勝負した理由について、「自分が勝つ可能性がなくなったところで振り込む」愚はさけたかったからと著者は説明している。つまり、リーチをかけなければ、最終ツモ(鳴きが入らなければハイテイになる予定だった。)で上がれなかったときに安全牌を切れるからということである。この説明にも違和感を感じる。あまりにも限定された状況すぎる。本当に「その方が得な気がするから」そう打ったのか疑問である。

つまり、背景に理論がある感性で打つのはいいが、理論がない感性で打つのは問題だということである。言いかえれば、ロマンで打たずにセンスで打てということになる。

2009年7月 7日 (火)

対子場についての数理的考察

壱 対子(暗刻)の存在が対子のできる確率に与える影響

手牌に四があるとする。このとき、一枚つもったときにそれが四である確率は、3/133≒0.022556である。
また、手牌の右端に四があるときに他家の右端の2枚が対子であることが分かったとしよう。このとき、1枚つもったときにそれが四である確率はどれくらいか。
まず、対子の牌が四である確率を求める。その確率は、(3/133×2/132)÷{(3/133×2/132)+(130/133×3/132)}=1/66である。(ちなみにこれは、相手の右端の2枚が四の対子であることが分かったときに、自分の右端の牌が四である確率と等しい。)
よって、求める確率は、1/66×1/131+65/66×3/131=98/4323=0.022669
(また、暗刻の場合について、下の※1に記した。)
つまり、対子の存在によって対子ができる確率はわずかに増加するということになる。

また、対子場は順目が進むにつれ強くなるといわれることがある。「対子が対子を生み、さらに、その対子が対子を生んでいくから、指数関数的に対子ができやすくなっていく。」という話である。これは明らかにおかしい。
例えば、上の計算と同じ様に、手牌の右端に四があるときに他家の右端の2枚が対子であることが分かったとしよう。このとき、4回つもったときに、4回目の牌が四である確率はどれくらいかを考えてみる。「 」が正しければ、その前の3枚のツモ牌の中で対子もしくは暗刻ができやすくなっていて、その対子が対子を生むから4回目の牌が四である確率は0.022669より高くなるはずである。しかし、この確率は上と同じ0.022669であるからこれは矛盾している。

※1
手牌の右端に四があるときに他家の右端の3枚が暗刻であることが分かったとしよう。このとき、1枚つもったときにそれが四である確率はどれくらいか。
まず、暗刻の牌が四である確率を求めよう。その確率は、(3/133×2/132×1/131)÷(3/133×2/132×1/131+130/133×3/132×2/131)=1/131である。
よって、求める確率は、1/131×0/130+130/131×3/130=3/131=0.022901

弐 暗刻の存在が順子のできる確率へ与える影響

手牌にある数牌Xがあったとして、10回つもった結果Xをふくむ順子ができる確率は、0.145048である。
(具体的な計算過程は下の※2を参照。以降も同様)

相手の手牌の右3枚が暗刻であると分かったときは、この確率は以下のように変化する。
 北が暗刻のとき 0.150514
 一が暗刻のとき 0.149576
 二が暗刻のとき 0.144360
 三が暗刻のとき 0.139145
 四が暗刻のとき 0.140312
 五が暗刻のとき 0.140312

ここで、
 北と同じ確率になるのは、残りの字牌全部。
 一と同じ確率になるのは、九、1、9、(1)、(9)。
 二と同じ確率になるのは、八、2、8、(2)、(8)。
 三と同じ確率になるのは、七、3、7、(3)、(7)。
 四と同じ確率になるのは、六、4、6、(4)、(6)。
 五と同じ確率になるのは、5、(5)。
だから、
暗刻があるときの確率を34種の牌全部について平均を計算すると、
 (0.150514×7+0.149576×6+0.144360×6+0.139145×6+0.140312×6+0.140312×3)÷34
=0.144556

順子ができる確率が、普通の状態で0.145048、暗刻があるときで0.144556だから、暗刻の存在により順子ができる確率はわずかに減少することが分かる。

※2
A 普通の状態のとき

手牌に一があって10回つもったときに、一をふくむ面子ができる確率は、
二をつもる確率が、1-129/133×128/132×…121/125×120/124=0.271229
となり、三をつもる確率も同じく0.271229だから、
P(二∩三)=0.271229×0.271229=0.073565
(ここで、10回つもったときに二をつもる事象を二と表した。また、二と三は厳密には独立でないが、独立であると近似して計算した。以降も同様)

手牌に二があって10回つもったときに、二をふくむ面子ができる確率は、
 P((一∩三)∪(三∩四))
=P(一∩三)+P(三∩四)-P(一∩三∩四)
=0.271229×0.271229+0.271229×0.271229-0.271229×0.271229×0.271229
=0.127177

手牌に三があるときの確率は、
公式P(A∪B∪C)=P(A)+P(B)+P(C)-P(A∩B)-P(B∩C)-P(A∩C)+P(A∩B∩C)より、
 P((一∩二)∪(二∩四)∪(四∩五))
=P(一∩二)+P(二∩四)+P(四∩五)-P(一∩二∩四)-P(二∩四∩五)
 -P(一∩二∩四∩五)+P(一∩二∩四∩五)
=P(一∩二)+P(二∩四)+P(四∩五)-P(一∩二∩四)-P(二∩四∩五)
=0.271229×0.271229+0.271229×0.271229+0.271229×0.271229
 -0.271229×0.271229×0.271229-0.271229×0.271229×0.271229
=0.180789

この確率の数牌全体の平均は、万子全体の平均と同じだから、
 (0.073565×2+0.127177×2+0.180789×5)÷9
=0.145048

B 北が暗刻のとき

手牌に一があるときの確率(…a)は、
二、三をつもる確率が、
1-126/130×125/129×…×118/122×117/121=0.276815となるから、
0.276815×0.276815=0.076627

手牌に二があるときの確率(…b)は、
 P((一∩三)∪(三∩四))
=P(一∩三)+P(三∩四)-P(一∩三∩四)
=0.276815×0.276815+0.276815×0.276815-0.276815×0.276815×0.276815
=0.132042

手牌に三があるときの確率(…c)は、
 P((一∩二)∪(二∩四)∪(四∩五))
=P(一∩二)+P(二∩四)+P(四∩五)-P(一∩二∩四)-P(二∩四∩五)
=0.276815×0.276815+0.276815×0.276815+0.276815×0.276815
 -0.276815×0.276815×0.276815-0.276815×0.276815×0.276815
=0.187457

他の万子の牌は、
四~七は、cと同じ0.187457
九は、aと同じ0.076627
八は、bと同じ0.132042

よって、この確率の数牌全体の平均は、万子全体の平均と同じだから、
 (0.076627×2+0.132042×2+0.187457×5)÷9
=0.150514

C 一が暗刻のとき

手牌に二があるときの確率は、
P(一)=10/130=0.076923より、
 P((一∩三)∪(三∩四))
=P(一∩三)+P(三∩四)-P(一∩三∩四)
=0.076923×0.276815+0.276815×0.276815-0.076923×0.276815×0.276815
=0.092026

手牌に三があるときの確率(…d)は
 P((一∩二)∪(二∩四)∪(四∩五))
=P(一∩二)+P(二∩四)+P(四∩五)-P(一∩二∩四)-P(二∩四∩五)
=0.076923×0.276815+0.276815×0.276815+0.276815×0.276815
 -0.076923×0.276815×0.276815-0.276815×0.276815×0.276815
=0.147441

その他の牌では、
四~七、3~7、(3)~(7)は、cと同じ0.187457
一(1枚のみ)、九、1、9、(1)、(9)は、aと同じ0.076627
八、2、8、(2)、(8)は、bと同じ0.132042

よって、一を0.25と数えてこの確率の数牌全体の平均を計算すると、
 (0.092026×1+0.147441×1+0.187457×14+0.076627×5.25+0.132042×5)÷26.25
=0.149576

D 二が暗刻のとき

手牌に一があるときの確率(…e)は、
 P(二∩三)
=0.076923×0.276815
=0.021293

手牌に三があるときの確率(…f)は、
 P((一∩二)∪(二∩四)∪(四∩五))
=P(一∩二)+P(二∩四)+P(四∩五)-P(一∩二∩四)-P(二∩四∩五)
=0.276815×0.076923+0.076923×0.276815+0.276815×0.276815
 -0.276815×0.076923×0.276815-0.076923×0.276815×0.276815
=0.107425

その他の牌では、
四は、dと同じ0.147441
五~七、3~7、(3)~(7)は、cと同じ0.187457
九、1、9、(1)、(9)は、aと同じ0.076627
二(1枚のみ)、八、2、8、(2)、(8)は、bと同じ0.132042

よって、二を0.25と数えてこの確率の数牌全体の平均を計算すると、
 (0.021293×1+0.107425×1+0.147441×1+0.187457×13+0.076627×5+0.132042×5.25)÷26.25
=0.144360

E 三が暗刻のとき

手牌に二があるときの確率は、
 P((一∩三)∪(三∩四))
=P(一∩三)+P(三∩四)-P(一∩三∩四)
=0.276815×0.076923+0.076923×0.276815-0.276815×0.076923×0.276815
=0.036693

その他の牌では、
一は、eと同じ0.021293
三(1枚のみ)、六、七、3~7、(3)~(7)は、cと同じ0.187457
四は、fと同じ0.107425
五は、dと同じ0.147441
九、1、9、(1)、(9)は、aと同じ0.076627
八、2、8、(2)、(8)は、bと同じ0.132042

よって、三を0.25と数えてこの確率の数牌全体の平均を計算すると、
 (0.036693×1+0.021293×1+0.187457×12.25+0.107425×1
 +0.147441×1+0.076627×5+0.132042×5)÷26.25
=0.139145

F 四が暗刻のとき

手牌に二があるときの確率は、
 P((一∩三)∪(三∩四))
=P(一∩三)+P(三∩四)-P(一∩三∩四)
=0.276815×0.276815+0.276815×0.076923-0.276815×0.276815×0.076923
=0.092026

その他の牌では、
三、五は、fと同じ0.107425
四(1枚のみ)、七、3~7、(3)~(7)は、cと同じ0.187457
六は、dと同じ0.147441
一、九、1、9、(1)、(9)は、aと同じ0.076627
八、2、8、(2)、(8)は、bと同じ0.132042

よって、四を0.25と数えてこの確率の数牌全体の平均を計算すると、
 (0.092026×1+0.107425×2+0.187457×11.25+0.147441×1+0.076627×6+0.132042×5)÷26.25
=0.140312

G 五が暗刻のとき

三、七は、dと同じ0.147441
四、六は、fと同じ0.107425
五(1枚のみ)、3~7、(3)~(7)は、cと同じ0.187457
一、九、1、9、(1)、(9)は、aと同じ0.076627
二、八、2、8、(2)、(8)は、bと同じ0.132042

よって、五を0.25と数えてこの確率の数牌全体の平均を計算すると、
 (0.147441×2+0.107425×2+0.187457×10.25+0.076627×6+0.132042×6)÷26.25
=0.140312

2009年5月30日 (土)

ラス確定やミンカン

麻雀でラス確定上がりや親リーが掛かってるときのミンカンをするのは 迷惑でマナー違反だからやめろとよく言われている。
それで、それに対する反論として 迷惑かけるのがだめならそいつからロン上がりするのも 迷惑だから駄目ということになるぞと言われたりする。

結局迷惑には二通りあるということだと僕は思う。
本人にも不利益になる行動でこちらも不利益を被るのと、 本人には利益になる行動でこちらが不利益を被るのと。

前者と後者は、不利益という点では共通してるけど、 前者は納得できないけど後者は納得できる。
勝負の上で本人に対して利益になる行動で不利益を被るのは しょうがない。納得できる。
やってはいけないのは前者の「本人にも不利益になる行動でこちらも不利益を被る」だと思う。これは確かにマナー違反である。

で、そのラス確が、それが本人とって利益なのか不利益なのかは微妙。
東風荘では、
オカが +9、-3、-3、-3 ウマが+8、+4、-4、-8 合わせて +17、+1、-7、-11となる。
満貫あがれば3位になるところを3飜の4000点で上がったとする。
満貫上がって3位になれば、その上がりには12000点の価値があるケースだ。
4000点があと1飜で12000点になるなら多少無理しても満貫を狙うべきではないか、 そういう考え方も当然ある。 ただ、結構その1飜が遠かったりして、 一概にその上がりが駄目といえるかどうかは微妙。
ラス確定がマナー違反かどうかは、複雑で微妙な問題である。

ただ極端な例をあげると、
1500点差なのに、平和をダマで上がってラス確定。
これなんかははっきりマナー違反といっていいと思う。

それから、よく話題になるのがツモか裏ドラかどちらかが付けば逆転というケース。 そのときに、裏ドラ期待でロンあがりして裏なしで結局ラス確。
こういう上がりを逆転が確定してないから駄目だという人がいるけど、 それは僕はおかしいと思う。 たいていの場合、裏が乗る確率の方がつもる確率より高いからだ。 ロン上がりは、本人にとって利益になる選択になる。 こういう上がりは認めるべき。

一鳴きするとき

ここでは、一鳴きのデメリットをあげながら、 鳴くか鳴かないかの基準を考えたい。

1 降りづらくなる

ポンできる役牌が出たときにそれをスルーすれば、 まず手牌の2枚はアンパイとなる。 ポンするということは、それを無くしてまで上がる確率を上げる ことなので攻撃的といえる。

攻撃的にいくべきケースといえば、 ある程度手牌が整っているとき、親のときやドラがあるときなどがある。 このときは積極的に鳴くべきだろう。
ある程度手牌が整っているときというのはどの程度を指すのか?は、 微妙な問題だが、最低でも完成面子が一つは欲しい。
それから、鳴いて残る待ちも重要で、 場に切れてなかったり、ペンチャンカンチャンではなく両面だったりして欲しい。
それ以外では、鳴いてもアンパイが残るときは鳴きやすいだろう。

2 手が安くなる。

リーチやツモや裏ドラ、 それに、イーペーや三色など面前だとファン数が違う役もあり、 一般的に麻雀は面前の方が手が高くなる。
鳴きには手を安くするデメリットがあるが、 そう毎回面前で聴牌するのは難しいだろう。
どこかで鳴きを入れる必要がある。 それを何を基準に決めるか。

イーペーや三色など食い下がりがある役のときは鳴くと手が安くなるが、 ドラや役牌などしかない場合は、鳴いてもさほと手が安くならない。 こういうときは鳴きを入れていくべきだろう。

麻雀の点数計算は満貫以下だとハン数が一増えると 点が倍違うが、それを超えると、ハン数をあげてもさほど点は変化しない。
ある程度高い手なら鳴いてもさほど手はやすくならないのである。 微妙だが、3ハンぐらいあれば鳴いていっていいと思う。

一度鳴けば、二度三度鳴いてもハン数が変わらないのも鳴きの特徴である。 どうせならたくさん鳴くのが確率的に効率的だろう。
(あまりにバラバラのときに鳴くのは、  手が悪いのにアンパイを無くして問題だが)
イーシャンテンからの鳴きは一度しか鳴けないのでもったいない。 ちょっとがんばってリーチやツモをつけたくなる。

3 形を決めてしまう。

役牌をスルーして対子を残せば、(いずれは鳴くことにはなるが) 手牌11枚から3面子1雀頭を作ることになる。
そして、ポンすれば、 手牌10枚から3面子1雀頭を作ることになる。 この一枚の差は意外と重要である。
(手に一枚牌を隠して都合がいいときに使うなんてイカサマがあるらしい。)
鳴いて切る牌に迷うときには、鳴かない方がいいだろう。 形の決断をギリギリまでしないのである。
鳴いた時点だけでなく、先のことも考えよう。
鳴いて何か捨てた後、有効牌を引いてきた。 こんなときにも何か捨てなければいけないが、 そのときに何を捨てるか迷うときにも、鳴くのは控えた方がいいだろう。

まとめると、鳴くのは

親のとき、
ドラがあるとき、
完成面子があるとき、
鳴いてもアンパイが残るとき、
鳴いて三ファン以上あるとき(トイトイ、染めて、ドラなど)
イーシャンで鳴くのはもったいない。
鳴いて切る牌に迷わないとき、

七対子

受け入れ数が少ないことと鳴きが効かないことから、 嫌われがちな七対子であるが、 状況によっては十分狙う価値のある役だと思う。 対子が多い手というのは面子が出来づらいからである。
例えば、37三七と持っていた場合両面に伸びる牌は、 2468二四六八の8枚だが、3377だと2468の4枚と減ってしまう。 つまり、同じ牌があれば当然横の伸びの受けが重なるので 面子が出来づらくなる。
確かに、七対子は出来づらい役だが、 相対的に(面子手のとの比較で)出来やすくなることがある。 大雑把な目安として、4対子あって面子が一つもないときは 狙うことも考えるべきだ。

それ以外の基準もいろいろある。 鳴いて役があるとき(役牌やタンヤオなど)は狙わない方がいいだろう。 面子手にいくには重い形もあって、それがあるときは面子手は見切るべきだ。 (1122や1133など)

受け入れの選択が融通が効くのも特徴で、 (毎順どの待ちでうけるか選択できる) 山に残ってそうな牌ばかり手に残せば、下手な面子手よりはずっといい受けになる。 ただ、そういう牌は面子手にいくには使いづらいことが多く。 面子と七対子を天秤にかけるのはよほどうまい形にならないと 気休め程度にか意味が無い。
(ちなみに、344三四とあって天秤に掛けるときは 3ではなく34と塔子を外すのが手筋。 そうすれば、シャンテン数が進んでも天秤に掛けられる。 3を切るとどっちをえらぶのかの選択が早くくる。)
山に残ってそうな牌を引いてきたら面子手を見切って566の5なんかを切るのも 七対子にいくいいタイミングである。
七対子がまわし打ちに適してるというのは迷信だろう。
切ってもシャンテン数を下げない牌の選択がひろいことと 危険牌を抑えて単騎待ちにすることが出来ることから、来たのだろうが、 そもそもあまり積極的に狙うべき役ではない上に、 切りづらい牌がある状況では、受け入れの融通という長所が殺されてしまう。
ただ、アンパイをためながら狙うことが出来るので、ベタ降りには適している。 バラバラの配牌から、オリを意識しながらダメもとで狙うのは面白いと思う。

三色

何切るの定番であり、麻雀の華といってもいい三色であるが、 無理に狙うと牌効率を落とすことが多く。狙うバランスの難しい役である。

狙うべきかそうでないかの基準はいろいろある。

狙えば牌効率が著しく落ちるときは狙うべきではない。 例えば、2を持っていて123の三色を狙っていた。 このとき5を引いてきたら三色は狙いづらくなる。 25と持っているのはいい形とは、いえない。 一通の例になるが、145789と135789では同じ6枚だが 前者の方が狙いづらいだろう。牌効率からいって1を落としたくなる。

三色が無くても十分高い手になりそうなときは狙うべきではない。 たとえば、ドラが2枚あったりしたら三色に行くのはちょっと無意味。 麻雀の点数計算は、満貫を超えるとハン数が上がっても 点がなかなか上がらないようになっている。

手なりで聴牌しても面白い手になりそうもないときは狙うべきである。 たとえば、手なりでいったら、リーチのみのカンチャン待ちになりそうなとき、 こんなときは多少強引でも三色を狙うべきだろう。 そのせいで聴牌をのがしても別に惜しくない。

三色を狙うと面子オーバーになりそうなときは、狙うべきではない。 麻雀に必要な面子の数は4つである。 三色部分以外でそれが2つ以上できそうなときは 三色にいくのはちょっと意味が無い。

 雀頭が固定されていないときは、三色は狙うべきではない。 ふつう、面子と比べると頭はできやすいので、あまり重要視しないが、 三色を狙うとなると話は違う。 例えば、456の三色を狙っているときに、 46から4を重ねてここで頭を作る、 456から4を重ねて44頭+56両面の形にする、 このようなケースでは三色が崩れるのはわかると思う。

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