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2009年12月

2009年12月10日 (木)

「最強デジタル麻雀」の文章

センスとロマンでも話題にしたが、「最強デジタル麻雀」(著者:小倉孝)という麻雀の戦術書がある。世間では評価の高い本のようだが、個人的には、論理的な文章を書くための基礎ができていないという印象を受けた。以下、その点について指摘していきたいと思う。

まず、31頁に一一三四七八九(4)(6)(8)4567のケースで(4)切りか(8)切りのどちらかという話がある。そこで著者は(4)切りを否定している。
(4)切りのメリットは二五が入ったときの筋引っかけであるが、これについて、本では"これは相手に注文をつける手筋で、必ずしも相手がその注文を聞いて引っかかるというものではない。"と書いている。
これはおかしいだろう。別に(4)を切る人は「必ず」相手が引っかかると考えているわけではないはずだ。引っかけでないよりは引っかけであった方が有利ぐ らいの気持ちだろう。つまり、相手を勝手に極論だと決めつけてそれを論破して論争に勝ったつもりになっているわけである。これは論理においてしてはいけな いことの一つである。
入れ替えると分かりやすいかもしれない。つまり、"(8)切りはツモに注文をつける手筋で、必ずしも(3)をつもってくるというものではない。"と書けば、(4)切りが正しくなるではないかという話である。

40頁にデジタル麻雀の総論が書かれている。そこには、"(次に大切なことは)基本的に麻雀をシンプルにすることだ。多くの人はいろいろな要素にとらわれ すぎて麻雀を自分で難しくしている。まず、そういった余計なものを排除してシンプルにしないと雀力向上はない。その後にはじめは排除した要素を取り入れて 自分のシステムを確立するのだ。"とある。この文章を普通に解釈すれば、"初心者の段階では基準を単純化して麻雀を簡単にし、それができるようになれば徐 々に基準を複雑にしていき、最終的にはいろいろな要素に気がつけるレベルに到達するべきだ。"となるだろう。初心者に高レベルなことを要求しても無理で、 それがかえって成長を遅れせることになるという話である。
しかし、この先の文章には、"シンプルに考え、自分のシステムの中で判断材料を数字的な基準で設定できれば打牌に迷いは生じないはず。それば私のめざす最強のデジタルであり、麻雀の真髄なのだ。"という記述がある。
前では、排除した要素は最終的には必要になると書いていて、後ではそれは最終的にも必要ではないとしているわけである。このような矛盾を含む文章は読者を混乱させる。このあたりは読んでいて筆者が何を言いたいのかよく分からなかった。

106頁には、"デジタル麻雀はメンゼンより鳴きの方に守備力を重く見ている。"とある。リーチは捨て牌を選ぶことができないが、鳴きは捨て牌を選ぶことができるからというのがその理由だそうだ。この説明には違和感を感じる。
確かに聴牌時の守備力は、鳴き>メンゼンかもしれない(ただし、ここではメンゼンのダマ聴は考えていない)が、ノー聴時の守備力では、鳴き<メンゼンだろ う。どうして、これの効果を無視できるのかについて、全く説明がない。手牌が短くなることによる守備力低下は、さほど大きい効果ではないと考えているのだ ろうか。それ自体は別に問題ではないのだが、それならそれでそのことについて、なんらかの記述や説明が必要だろう。説明がとんちんかんというか、意味を成 していない。

同じく106頁に、仕掛けの基準は"スピード、打点、守備力"だとある。ここで、スピードの解釈として、鳴く前と鳴く後のスピードの差(相対的なスピー ド)と鳴いた時点での和了との距離(絶対的なスピード)の2つの解釈が考えられるが、本を読む限りこの2つが混同されているような印象を受けた。
例えば、二二四五六(4)(6)224456から(5)チーは、"チーテンだからスピードはすでにクリアしている。"と書いてある。この箇所を読む限り、 スピードとは絶対的なスピードのことを指していると考えられる。もし、相対的なスピードであるなら、スルーして門前で進めるときの受け入れの狭さについて 何らかの記述があるはずだからである。
しかし、他の箇所では、三四六八八(4)(6)(7)(7)2233は"3をポンして急ぐ"と書いてある。この箇所においては、スピードは相対的なスピー ドでなければならない。3をポンしてもカンチャンが残る2向聴で、絶対的には速いとはいえない。しかし、2233は14が2度受けになっていてタンヤオに もなりづらい形であり、3をポンするのは部分的には筋のいい鳴きである。よって、相対的には速いといえる。
他の箇所も読む限り、作者はこの2つを混同して使用しているようである。このようなケースを見せられると、はたして作者が自分で使っている"スピード"という言葉について、どれぐらい理解しているのかという疑問が生じてくる。

上に書いたもの以外でも、"デジタル麻雀はあがり最優先"や"サンショクは手牌の進行上の付加価値にすぎない"などと結論だけ書いて根拠が示されていないケースが目立っている。

著者の小倉はいろいろなところで結果を出している期待の新鋭なのだそうだ。確かにそのことが本の内容に説得力を持たせるのだが、書いてあることが全部正し いということにはならないだろう。結局は、本当に本の内容は正しいのかどうか疑いながら読む作業が必要になってくる。そのときにこの文章の拙さは問題にな ると思うのだが、どうだろうか。

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